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ターミナルケアは、特養に勤務していれば少なからず経験することだと思います。Bさんの家族が「延命処置を希望しなくなった」のは2003年の出来事でした。 Bさんは、私がこの特養に勤務する以前のホーム開設当初から入所している方でした。穏やかな性格で、右方麻痺が軽度見られましたが、会話にも問題は見られず、車椅子も自繰できる方でした。少し補助すれば立ち上がりもできるためトイレにもいけます。ただ、本人の意思もあって普段から居室へこもりがちな面もあり「寝てるんだよぉ」とベッドの上で過ごすことが好きな方でもありました(^^) ただ、それは問題として捉えていたわけではなく、Bさんには面会も多かったため「そういう生活スタイル」として捉えている部分も多かったです。家族が面会に来ると、家族が持ってくる大好きなチョコレートを「うめえなぁ」とおいしそうに食べている顔が印象的でした。 生活面では要所要所に見守りや介助が必要だったBさんでしたが、月日が経つに連れて体力の低下が見られます。だんだんと家族の面会も減っていきました。(これにはご家族の都合もあり仕方のないことでした) 体調も不安定になり、発熱を繰り返すようになると病院の受診も増えていきます(これは老衰と脱水が原因でした)。食事や水分もだんだんと取れなくなってくるんですね。そして、もう長くないだろうと主治医から言い渡され、ターミナルケアへと移行したのです。 ターミナルケア ターミナルケアとは、いわゆる終末期のケアですが施設としてのターミナルケアの見解やその利用者の状況、危篤時の施設としてのマニュアルから積極的におこなわれないことがあります。ただ、個人的には特養全体の動きとしては必要なことだと思いますし、特養を利用している方にとってそれを望んでいる方もいますので、ターミナルケアを実践することは大切なことだと思います。 しかし、ターミナルケアは難しいこともあります。家族が希望しているといっても利用者本人に苦痛がある場合や、見取りをおこなうケア体制が整っているかどうかなどは、重要なことです。本人に苦痛があれば、やはり何らかの医療的な処置が必要に感じますし、利用者本人が穏やかな状況であっても、それを見守る職員に受け止めるゆとりがなければ、その方にとっての終末を受け止めることもできないと思います。昼と夜の体制もいろいろなものが求められてくると思います。ほったらかしになんてできません。ただ、そうかといって他の約50名の利用者のケアも持続する必要もあります。 B食事が摂れなくなってきたBさんに対して、職員はできる限りBさんの近くにいられるように体制をとっていきます。家族は都合もありなかなか付き添うことはできなかったのですが、介護職員たちは、自然とBさんにたいして「できる限り一人にはしたくない」という動きをとってくれたんですね。当時介護主任をしていたわたしは、「ターミナルケアは職員一人一人にたいして、介護のあり方を伝えるメッセージが多く含まれている」ことを強く思いました。 ある土曜日の午前中でした。 職員たちが業務におわれているなかで、交代で居室に出入りをして見守りを続けていましたが、他の利用者のコール対応もあり職員が部屋を出ます。そして、直後にわたしがBさんの居室に目をやると、その周辺にいつもとは違う違和感を覚えます。それは、なんともいえない、そこだけ時間の流れ方が違うような感覚です。 居室に入ると、Bさんは深く深く呼吸していて、そのまま静かに呼吸が止まりました。脈をとり、止まる思考を無理やり動かしてご家族と主治医に連絡をしました。 「これでよかったのか」と思うことはたくさんあります。ただ見守るだけというのは、本当に大変な労力です。もっと、なにかできたんじゃないか・・・そういう思いを抱えている介護職員は、きっと世の中にたくさんいるんだと思います。 その職場の介護職員Mさんは、Bさんの葬儀に「Bさんにたいして手紙を書きました。棺の中に添えさせていただきたいのですが・・・」と申し出ました。一緒に参列していた私はそれをみて、いっしょに過ごした時間、介護職員として関わらせていただいた時間に感謝の気持ちが胸を包み込んだことをおぼえています。 介護職員に対していろいろなことを教えてくれたBさん。そのことに感謝の気持ちでいっぱいの私。そして、ついでにいうと同じように感謝の気持ちをもった介護職員Mさんが、今の私の妻でもあります。 ターミナルケアは、いろいろな人に「考える時間」をくれるものだと思います。その方が望んでいることを実現する体制作りが必要なんだと、私は今も考えています。 |